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東京地方裁判所 平成7年(ワ)22134号 判決

原告

伊藤一夫

右訴訟代理人弁護士

遠藤義一

被告

水沼不動産センター株式会社

右代表者代表取締役

大貫友彌

主文

一  被告は原告に対し四五〇万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し九〇〇万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、宅地建物取引業者である被告の仲介で土地建物の購入等をした原告から被告に対し、原告の知らない間に、右土地建物に売主により根抵当権設定登記が付けられていたが、右根抵当権設定登記の後に売主に支払った売買代金等の中間金と残金合計一二四六万九〇〇〇円は、被告が宅地建物取引業者として当然なすべき登記簿の閲覧等の調査義務を尽くし、原告に右根抵当権設定登記がなされている旨を説明していれば、支払わずに済んだものであって、被告は宅地建物取引業者として、仲介の相手方である原告に対して信義則上要求される調査義務に違反しており、その結果、原告は右根抵当権の極度額九〇〇万円の損害を被ったとして、同額の損害賠償を求めた事件である。

一  争いのない事実等

1  被告は、不動産の仲介等を目的とする会社であり、宅地建物取引業法による宅地建物取引業者である。

2  原告は被告に対し、平成元年三月、原告を買主とする土地及び建物の仲介業務を依頼した。そして、原告は、同年四月三日、被告の仲介で、株式会社校倉住販との間で、次の契約を締結した。

(一) 土地売買契約(乙一)

(1) 売主 校倉住販

(2) 買主 原告

(3) 代金 六〇〇万円

(4) 手付金 三〇万円

(5) 残金支払 所有権移転登記完了時五七〇万円

(6) 所有権移転登記日 平成元年六月末日

(7) 目的物 市原市石川字古宿四五五番一六所在 宅地161.45平方メートル(以下「本件土地」という。)

(8) 売主の引渡義務等 売主は所有権移転登記時までに抵当権を抹消すること

(二) 建設工事請負契約(乙二)

(1) 注文者 原告

(2) 請負者 校倉住販

(3) 請負額 一一八〇万円

(4) 手付金 二〇万円

(5) 中間金 上棟時二三〇万円

(6) 残金支払 完成引渡時九三〇万円

(7) 引渡日 契約日から一七一日以内

(8) 工事現場 前記宅地

(9) 工事の目的物 床面積25.5坪の木造住宅(以下「本件建物」という。)

3  右契約同日、原告は被告に対し、仲介手数料六〇万七〇〇〇円を支払うことを約した。

4  原告は被告に対し、平成元年一一月二〇日、六〇万七〇〇〇円の仲介手数料を支払った。

5  本件土地には、千葉地方法務局市原出張所平成元年七月四日受付第二三七一七号の前所有者前田捷三から校倉住販への所有権移転登記が、同出張所同日受付第二三七一八号、極度額九〇〇万円、債権の範囲金銭消費貸借取引・手形債権・小切手債権、根抵当権者馬場國光、債務者校倉住販とする根抵当権設定登記がなされている(甲一)。

6  被告は、早くとも平成元年一〇月一一日の時点までは、本件土地の登記簿を閲覧していなかった。

二  争点

被告は、宅地建物取引業者として、仲介の相手方である原告に対し、信義則上要求される調査説明義務違反があり、原告に対し損害賠償義務を負うか。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし三、五ないし八、九の1ないし5、一〇、乙一ないし四、証人伊藤キヨ子)によれば、次の事実を認めることができる(なお、以下において、認定事実中の括弧内の証拠は、当該認定事実とかかわる証拠を、特に再度掲記したものである。)。

1  平成元年四月三日、原告と校倉住販とが前記第二の一「争いのない事実等」2の本件土地の売買契約及び本件建物の建設請負契約を締結した後の同年六月初めころ、校倉住販の従業員が原告宅を訪れ、本件土地売買と本件建物建設請負について、二〇〇万円の支払を要求した。

原告に代わって、本件取引にかかわっていた原告の妻伊藤キヨ子は、右二〇〇万円が契約書で決められた金額とは異なっていたことや、約定の支払期日前であったことから、本件取引仲介の被告担当者であった被告従業員のサホイに相談しようと考え、被告方に電話したが、サホイは不在であったことから、被告事務員に対し、校倉住販の社員が二〇〇万円を払うように言っているがどうしたらいいかを相談したいので、サホイから電話を欲しい旨伝えた。しかし、サホイから原告方への連絡はなかった。

2  平成元年六月二六日、校倉住販の従業員が原告方を訪れ、土地代金の残金五七〇万円の支払を要求した。キヨ子は、前記1の後、サホイから何の連絡もなく、校倉住販の求めた五七〇万円が土地売買契約書(乙一)の残額五七〇万円と同一であったことから、右従業員に五七〇万円を支払った(甲九の3)。

3  平成元年七月一九日、校倉住販の従業員が原告方を訪れ、建物代金五〇〇万円の支払を要求し、キヨ子は、右従業員に五〇〇万円を支払った(甲九の4)。また、この際、右従業員から土地所有権移転登記をするために、原告の印鑑登録証明書、住民票及び実印を貸してくれと言われ、キヨ子はこれらを右従業員に渡した。

同日、キヨ子は、被告方に電話し、被告事務員に対し、校倉の従業員に登記に要する書類を渡したこと、代金も支払っていることを説明した上、サホイへの登記手続に立ち会ってもらいたい旨の伝言を依頼した。

4  平成元年一〇月一一日、校倉住販の従業員が原告方を訪れ、本件土地建物取引の残金(消費税分を含む)七四六万九〇〇〇円の支払を要求し、キヨ子は、右従業員に七四六万九〇〇〇円を支払った(甲九の5)。

5  前記第二の一「争いのない事実等」4の平成元年一一月二〇日の原告から被告への仲介手数料六〇万七〇〇〇円の支払(甲六)は、サホイが、その上司とともに原告方を訪れ、取引が終わったのだから仲介手数料を支払ってもらいたいと要求し、キヨ子が支払ったものである。

6  原告は、平成元年一一月一八日ころ、本件土地建物に引っ越しを終えて住み始め、平成二年二月に校倉住販の従業員から本件土地建物の権利証を受け取った。

7  原告は、平成七年一月、本件土地の登記簿謄本を見たところ、初めて、前記第二の一「争いのない事実等」5の根抵当権設定登記の存在を知った。

そこで、原告は、馬場國光を相手に、右根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めて提訴したが、敗訴した(甲三)。

8  校倉住販は、第三者に転売する目的で不動産を購入する際、馬場から右購入資金の融資を受け、購入した不動産に、馬場のために根抵当権を設定して根抵当権設定登記をなし、右不動産を第三者に転売する際、転売代金から右融資資金を返済して、その根抵当権設定登記を抹消するという方法を採っており、本件土地も同様の方法により購入したものであったが、校倉住販は、馬場からの本件土地の購入資金の返済を終えないまま、平成五年六月か、七月ころに手形不渡りを出して倒産した。校倉住販の馬場に対する貸付等の債務は約二〇〇〇万円に達する(甲三)。

二  ところで、宅地建物取引業者は、不動産の売買等の取引に関し専門の知識経験を有する者として信頼され、これらの業者の介入によって取引に過誤のないことを期待されるものであって、委託を受けた相手方に対し、準委任関係に立ち、善良な管理者として、目的不動産の瑕疵、権利者の真偽等につき格段の注意をもって取引上の過誤による不測の損害を生じさせないように配慮すべき高度な注意義務があるといえる。

本件では、原告と校倉住販との間の本件土地建物の取引において、土地売買代金の残金五七〇万円の支払は所有権移転登記完了時となっており、その所有権移転登記は平成元年六月末日までとなっていること(乙一)、また、建物請負代金の残金支払は完成引渡時で、右引渡日は契約日(平成元年四月三日)から一七一日以内となっており(乙二)、右契約日から一七一日後は平成元年九月二一日に当たること、原告が、担保負担等のない本件土地の完全な所有権を取得しなければ、本件土地上の本件建物についても将来存続の基盤を失うことになることなどを考慮すると、本件土地建物取引の原告の仲介者である被告としては、本件土地建物について、原告が担保等の負担のない完全な所有権を取得できるように、遅くとも、本件土地売買残代金の決済日である平成元年六月末日までには、その登記簿を閲覧するなどして権利関係の調査を果たすべき義務があったといえる。そして、仮に、被告が平成元年六月末日までに、本件土地の登記簿を閲覧しておれば、本件土地の所有名義が校倉住販ではなく、前田捷三であることが判明したはずであり、被告は、原告が完全な所有権を確実に取得できるよう、原告への所有権移転登記手続や原告から校倉住販への残代金の支払において注意すべきことなどを原告に助言することができ、また、そのようにすべきであったといえる。

ところが、被告は、平成元年一〇月一一日の時点まで本件土地の登記簿を閲覧しておらず、しかも、平成七年一月に、原告が本件土地に馬場のための根抵当権設定登記がなされていることを知って被告方を訪ねるまで、被告から原告に、右根抵当権設定登記について何らの話もなかったことを考慮すると、被告は本件土地の登記簿謄本の閲覧を全く行っていなかったものと推認され、被告は、委託者である原告に対し、宅地建物取引業者として求められる目的不動産の瑕疵、権利者の真偽等につき格段の注意をもって取引上の過誤による不測の損害を生じさせないように配慮すべき義務を果たしていなかったものと認定できる。

したがって、右被告の義務違反の結果原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

三  そして、本件土地の馬場のための根抵当権設定登記は極度額九〇〇万円であり、馬場は校倉住販に対し、右根抵当権が担保する約二〇〇〇万円に達する債権を有していることからすると、原告は九〇〇万円の損害を受けているものといえる。

しかし、一方、本件取引を仲介している宅地建物取引業者である被告から何らの連絡がないにもかかわらず、たとえ原告側からの残代金を支払って良いかとの相談などに、被告側から何ら応答がなかったからとしても、売主である校倉住販をあまりにもうかつに信じ、所有権移転登記等を確認せずに売買等の代金を支払った原告にも、過失相殺されるべき落ち度があるといわざるを得ず、前記一、二の各事実を総合考慮すれば、過失の割合は原告五割、被告五割であるといえる。

四  よって、本件請求は、原告の被った損害九〇〇万円の五割四五〇万円の支払を認める限度において理由がある。

(裁判官本多知成)

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